節分のはなし
- やあた堂はりきゅう院
- 2022年2月3日
- 読了時間: 2分
更新日:2024年12月12日
今日は節分です。
懐かしい歌を思い出しました!
鬼のパンツは いいパンツ 強いぞ~ 強いぞ~
トラの毛皮でできている 強いぞ~ 強いぞ~
5年はいてもやぶれない 強いぞ~ 強いぞ~
10年はいてもやぶれない 強いぞ~ 強いぞ~
はこう はこう 鬼のパンツ はこう はこう 鬼のパンツ
あなたも あなたも あなたも あなたも
みんなではこう 鬼のパンツ
🎼.•*¨*•.•*¨*•.¸¸🎶🎼.•*¨*•.•*¨*•.¸¸🎶
子供の頃、何も考えず歌っていた歌詞ですが、よくよく聴くと凄いパンツですよね?いったい何年履いたら破れるんでしょうかねぇ(笑)
ところで、なぜ?鬼は虎のパンツを履いているのでしょうか?
これは陰陽五行説の鬼門からと言われています。
鬼が出入りする鬼門の方角は北東を位置し、北東は丑と寅時刻の間を表します。また、易の学問では「艮」という場所になりますが「艮=うしとら」と読むんですよ。
鬼門に寺社仏閣が建ててあることもありますね。
本題の豆まきの由来ですが、中国の大儺(たいな)という風習が日本へ伝来されて、日本で追儺(ついな)と呼ばるものになったのが始まりと言われてます。
古代中国の大儺(たいな)には方相氏という呪師が行っていました。四つ目の仮面をかぶり、衣装は上が黒衣で下が朱の裳を纏い、盾と矛をもって鬼退治をしたとか。
そして平安時代大晦日の日本宮中では、追儺(ついな)の儀式が行われていました。四つ目の黄金の仮面をかぶり朱色の衣装を纏い、盾を持って鬼を追うのです。
衣装は多少異なりますが、ほぼ同じですよね?
室町時代以降には追儺(ついな)が徐々に薄れていき、江戸時代に庶民の豆撒きが定着したそうです。※幕府主体の社会へ突入する歴史背景がありますね。
方相氏の面を被って追儺の行事が行われている寺社が今でもあるようです。見てみたいですね。
節分は節目になりますし、庶民の行事として見えない鬼を退治する日。鬼を邪気と捉えるとどうでしょうかねぇ?
厳しい寒さの小寒・大寒の「寒」が終わる最終日であり、明日から春の訪れ「立春」です。
季節の変わり目ですから体調を崩さないようにする意味があります。もう1つは心を清く健やかにする日とも言えるかもしれません。
太陰暦の時代は、節分が大晦日だったので明日から新年ですよー。
今日までに身も心もさっぱりにして、明日から始まる1年を楽しみにするのも良いですね。

自宅にあるもので恵方巻を作ってみました。カットしてるので恵方巻じゃないですけどー。
(*˘ᗜ˘*)
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